事例(1)借家の明渡請求事案
私は、平成18年4月に賃貸期間2年でアパートを借りて生活していました。そして、賃貸期間2年が経過したときも特に大家さんと話をすることなくそのまま継続してアパートを借りていました。すると、平成23年5月に突然大家さんから内容証明郵便で「このアパートを取り壊すから賃貸借契約の解約をする。来月までに明け渡してください。」と一方的に通知がありました。私は大家さんに従って、アパートを明け渡さないといけないのでしょうか。
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回答:
1 アパートなどの借家の賃貸借契約の期間の更新は、一般的には当事者の協議によって更新がなされますが、当事者の協議がない場合でも、貸主から更新拒絶の意思表示がなく、なんら異議申し立てがなされなければ、法律上当然に更新が認められています。その場合は、期間の定めのない賃貸借契約となります(借地借家法26条)。本件でも、更新時に何の異議もなくその後1年以上生活していることから、法定更新がなされ、期間の定めがない賃貸借契約が成立しているといえます。
2 つぎに、本件大家さんの解約申し入れの有効性が問題となります。期間の定めのない賃貸借契約は、6ヶ月前に正当事由のある解約の申入れをすると終了することができるとされています(借地借家法27条、28条)。解約の要件として、①6ヶ月前の申し入れ、②正当事由が要求されています。
まず、本件大家さんの解約申し入れは、1ヶ月後の終了を求めていることから、期間の点で無効といえます。よって、1ヵ月後に明渡す必要はありません。ただ、正当事由があれば、6ヵ月後には明渡す必要は生じてきます。
次に、正当事由の有無については、「建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出」などを総合的に考慮して判断されます(借地借家法28条)。賃貸人自身及び親族の使用の必要性、建物の老朽化、建物の敷地の有効利用の必要性、賃借人の使用の必要性、立退料の提供等の諸般の事情を総合的に判断して最終的には裁判所によって正当事由の有無が判断されます。
本件の場合、大家さんはアパートの取り壊しを主張していますが、その理由がどこにあるかによって結論は変わってきます。アパートが腐食するほどに老朽化している場合には正当事由が認められやすいですが、単に大家さんの収益を改善するための建替え、有効利用が目的の場合には、それだけでは正当事由は認められません。賃借人は居住の必要性があり、一般的に弱い立場にあることが多いので、正当事由の判断において強く考慮されます。その際に、賃貸人から賃借人に立退料が提供されることが多く、その金額によって、正当事由が補完されることもあります。
なお、立退料の算定方法については、正当事由の補完として、借家契約の内容、利用状況などを考慮して判断されますが、このように判断すべきとの法律の規定はなく、確定的な決まりがあるわけではありません。
3 また、内容証明郵便による解約の申し入れだけでは、強制的に借家の明渡しを求めることは出来ません。賃貸人は、賃借人が任意の明渡しに応じない場合には、裁判所に建物明渡しを求める裁判を提起して勝訴判決が確定しないと、強制執行をすることは出来ません。もし、賃貸人が裁判手続きを使わずに強引に明渡しや建物の取り壊しをしてきた場合には、住居侵入罪や建造物損壊罪が成立します。
4 したがって、本件の大家さんの1ヵ月後の明け渡しには応じる必要はありません。大家さんと正当事由の有無や立ち退きの補償について話し合いをして、納得のいく条件の提案があれば明渡しに応じても良いでしょう。もし、納得のいく提案がなければ、明け渡しを拒否して、裁判所の判断を仰いだ方が良いです。通常明渡請求の裁判は1年以上の時間がかかり、弁護士費用などの負担が生じることから、大家さんは一定期間の明渡しの猶予や引越しの費用の提供などに応じることが多いので、時間を掛けて交渉をした方が良いです。